- ゲイであることは異常なのか
- 周囲に少なく見えるのはなぜか
- 偏見がある中で何を大切にすればいいのか
異常なことではありません。
ゲイであることで、社会的にも人間的にも劣るわけではありません。同性を好きになることや、同性に性的な魅力を感じることは、病気や人間としての欠陥ではありません。
周囲にゲイの人がほとんどいないように見えると、「自分だけがおかしいのでは」と思うことがあります。しかし、見えている人数と、実際にいる人数は同じではありません。
誰を好きになるかだけで自分の価値を決めるより、自分がどんな人になり、誰とどんな時間を過ごしたいのかを考えるほうが大切です。
少数であることと、異常であることは違う
人数が少ないことは、劣っていることや、間違っていることを意味しません。
左利きの人や、珍しい体質の人が多数派ではないように、人にはさまざまな違いがあります。多数派と同じでなければ生きられないわけでも、多数派に合わせなければ人として認められないわけでもありません。
同性愛は精神的な病気ではありません。同性に惹かれることそのものを、治療して異性愛へ変えなければならないものでもありません。
誰かを好きになり、安心したい、触れたい、一緒にいたいと思う気持ちは、相手の性別が違っても人の中にある感情です。
自分だけ違うように見える




周囲に見当たらなくても、いないとは限らない
表から見えるのは、話すことを選んだ人の一部です。
ゲイの人が何人いるのかを、正確に数えることはできません。調査では自分の性的指向を答えない人もいますし、自分では分かっていても、家族や友人、職場の誰にもカミングアウトしていない人もいます。
恋人にだけ話している人、友人には話しても家族には言っていない人、男性に惹かれていても自分を「ゲイ」と呼ばない人、まだ自分でもよく分からない人もいます。
調査によっては、ゲイまたはレズビアンだと答えた人が100人に1人前後という結果もあります。しかし、それは調査でそう答えた人の割合です。表から見える人数が少ないからといって、実際にそれだけしかいないとは限りません。
「周りにいない」のではなく、あなたに話していないだけかもしれません。
ゲイだから社会的に劣るわけではない
性的指向と、仕事の能力、人柄、責任感、優しさは別のものです。
ゲイであることによって、仕事ができなくなるわけではありません。人を思いやれなくなるわけでも、家族や友人を大切にできなくなるわけでもありません。
社会の中では、結婚や子どもを持つことが一人前のように語られることがあります。しかし、生き方はそれだけではありません。誰かと暮らす人も、一人で暮らす人も、結婚する人もしない人も、それぞれの生活を作っています。
ゲイであることは、その人を説明する一部分ではあっても、能力や人間としての価値を決める成績表ではありません。
偏見があることと、自分が異常であることは別
傷つくのは、ゲイだから弱いのではなく、否定される言葉が実際に痛いからです。
社会には今も、同性愛を笑ったり、気持ち悪いと言ったり、異性愛だけが正しいと思ったりする人がいます。そうした偏見を、自分一人ですぐに変えることはできません。
けれど、誰かが嫌っていることは、あなたが劣っている証明にはなりません。偏見を持つ人の言葉を、そのまま自分自身の評価にする必要はないのです。
危険や不利益がありそうな場所では、カミングアウトしない、話題を避ける、距離を置くという選択もできます。それは卑怯でも、自分を偽ったことでもなく、自分の生活を守るための判断です。
変えられない偏見より、自分の心を守る
社会のすべてを変えることはできなくても、自分の心まで偏見へ渡す必要はありません。
傷つける人から離れる
話す相手を選ぶ
安全だと思える人だけでいい
比べすぎない
多数派と同じ人生でなくていい
自分を急かさない
今すぐ答えを出さなくていい
「気にしなければいい」と簡単に片づけられるものではありません。怖さや苦しさがあるなら、それも本当の気持ちです。そのうえで、自分を傷つける考えから少しずつ離れ、自分が安心できる場所や人を選んでかまいません。
「普通になる」より、どうなりたいかを考える
誰を好きになるかだけでなく、自分がどんな人でありたいかを考えてみてください。
仕事を大切にしたい。好きな人と穏やかに暮らしたい。友人と笑っていたい。誰かの力になりたい。自分の好きなことを続けたい。そうした望みは、ゲイでも異性愛でも変わりません。
自分を「ゲイ」と呼ぶようになるかもしれませんし、別の言葉が合うかもしれません。何も名乗らないままかもしれません。どの呼び方を選ぶかより、その先でどんな生活を作りたいのかのほうが大切です。
自分の生活と安全を考えながら、話す相手や使う言葉を自分で選んでいいのです。
人としての魅力は、誰を好きになるかだけでは決まらない
誰かに安心感を与えること。一緒に笑うこと。つらいときにそばにいること。触れ合って、互いに気持ちよくなること。相手を大切にしながら、自分も大切にしてもらうこと。
そうしたものを相手と分かち合えることが、人としての魅力です。ゲイであることは、その魅力を失わせるものではありません。
好きになる相手が男性だったとしても、安心させる優しさや、一緒に笑える楽しさ、誰かを大切に思う気持ちは変わりません。性別だけを見て、自分の中にある魅力まで否定しなくていいのです。
誰を好きになるかで、人の価値は決まらない
ゲイは異常なことではなく、社会的にも人間的にも劣っているわけではありません。周囲に少なく見えても、誰にも話していない人や、自分をゲイと呼ばない人まで含めた本当の人数は、外から見ただけでは分かりません。
社会の偏見を一人ですぐに消すことはできません。それでも、自分の心まで偏見に渡す必要はありません。誰を好きになるかだけで自分を判断するより、自分がどんな人になり、誰とどんな時間を過ごしたいのかを考えてみてください。
安心させることも、一緒に笑うことも、愛することもできる。それが人としての魅力だよ。
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湊
自分の魅力も相手の反応も分かったうえで、少しだけ先へ踏み込むタイプ。大人の余裕と、安心感のあるちょいエロを担当します。
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